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日本で過去に開催された万博について興味のある方
この備忘録を読めば
1970年『大阪万博』75年『沖縄海洋博』85年『つくば科学万博』90年『花博』2005年『愛・地球博』それぞれの基本情報、そしてトリビアを知ることができます
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<目次>
- はじめに
- 実は『万博』には2種類ある!
- 万博比較表
- 各万博おもしろエピソード&トリビア
はじめに
いよいよ始まった『大阪・関西万博』。日本開催の万博は20年ぶり。ではみなさんは、日本でこれまでに万国博覧会、いわゆる『万博』が何度開催されたかご存じでしょうか。実は過去5回も開催されており、今回の『大阪・関西万博』が6回目です(厳密には『花博』は「国際園芸博覧会」として国際園芸家協会認定のため、本来「万博」ではなく「園芸博」扱いですが、今回は世間のイメージに即して万博扱いとして進めます)。
そこで今回は、1970年の『大阪万博』から始まり、75年の『沖縄海洋博』、85年の『つくば科学万博』、90年の『花博』、そして2005年の『愛・地球博』まで、日本で開催された「万博」の歩みを、各万博のトリビアやおもしろエピソードを当時のガイドブックや記事からまとめてみました。
経験済みの方は懐かしみながら(私は『つくば科学万博』『花博』『愛・地球博』は経験済み)、生まれていなかった人は新鮮に、お楽しみください。そして今回の『大阪・関西万博』に行かれる方はぜひ、待ち時間のトークのネタにご活用ください。
実は『万博』には2種類ある!
まず、私も知らなかったのですが、ひとくちに『万博』といっても2種類あるのです。『登録博覧会』と『認定博覧会』。両方とも『BIE(国際博覧会事務局)』が正式に認定・承認するのですが、規模や性質が異なります。
項目 | 登録博覧会(登録博) | 認定博覧会(認定博) |
---|---|---|
開催間隔 | 原則5年に1度 | 2回の登録博の間に1回まで |
主催 | 国家レベル | 国家 or 都道府県・市町村 |
規模 | 巨大(100カ国以上) | 中規模(10〜30カ国) |
期間 | 最大6か月 | 最大3か月 |
テーマ | 1つに絞られた「世界的課題」 | より具体的で分野特化 |
出展パビリオン | 国ごとに独立パビリオン可 | 主催者側が用意した共通館を使用することも多い |
例 | 大阪万博(1970)/ 愛・地球博(2005)/ 大阪・関西万博(2025) | 沖縄海洋博(1975)/ つくば科学万博(1985)/ 花博(1990) |
万博比較表
次に、今回の『大阪・関西万博』も含めて、各万博の基本情報を比較してみましょう。大阪万博の来場者数約6,420万人はずば抜けてすごいですね。ちなみに当時の日本の人口が約1億400万人ですから、そのすごさが伝わります。2010年の上海万博までは、万博史上最多の入場者数でした。会場面積は前回の『愛・地球博』が一番、パビリオン参加国数は今回の『大阪・関西万博』が一番ですね。
万博名 | 開催年 | 会場、面積 | 来場者数 | パビリオン数 | テーマ |
---|---|---|---|---|---|
大阪万博 |
1970年 |
大阪府吹田市 約330ha |
約6,420万人 | 77カ国・4国際機関 | 人類の進歩と調和 |
沖縄海洋博 | 1975年 |
沖縄県本部町 約100ha |
約350万人 | 36カ国・3国際機関 | 海 ― その望ましい未来 |
つくば科学万博 | 1985年 |
茨城県つくば市 約101.6ha |
約2,033万人 | 約48カ国・37国際機関 | 人間・居住・環境と科学技術 |
花博(国際花と緑の博覧会) | 1990年 |
大阪府鶴見緑地 約140ha |
約2,312万人 | 83カ国・212企業・団体 | 自然と人間との共生 |
愛・地球博 | 2005年 |
愛知県名古屋市 約173ha |
約2,204万人 | 121カ国・4国際機関 | 自然の叡智 |
大阪・関西万博 | 2025年 |
大阪夢洲(ゆめしま) 約155ha |
予想約2,800万人 | 約150カ国・25国際機関 | いのち輝く未来社会のデザイン |
各万博おもしろエピソード&トリビア
それではいよいよここからは、各万博にタイムスリップ。当時のおもしろエピソード&トリビアのご紹介です。
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1970年 大阪万博(アジア初の万博)
並びすぎて日が暮れる『月の石』
アメリカ館に展示された『月の石』目当てに、最大6時間待ちの行列が発生!当時の人々の宇宙熱がどれだけ高かったかがわかりますね。結局、『月の石』を観れずに日が暮れて終了、哀しく月を眺めながら岐路につく人たちも多かったそうです。
『太陽の塔』の地下には、「第4の顔」があった
芸術家・岡本太郎さんが制作した『太陽の塔』。あの奇抜すぎるフォルムに「なんじゃこれ!?」という声も多発したそうですが、今では立派な大阪のアイコンになっていますね。
頭頂部の「黄金の顔」(未来)、正面の「太陽の顔」(現在)、背面の「黒い太陽」(過去)の3つの顔を持ちますが、実はもうひとつ、「第4の顔」(人間の精神の世界)が地下展示室に展示されていたとのこと。
その名も『地底の太陽』。まがまがしさ満点の異形アートで、高さ約3m・全長約11mもある巨大なオブジェだったそう。万博閉幕後にこのオブジェは行方不明となり、約50年近く所在不明のままでしたが、2018年にレプリカとして復元&公開され「え、こっちの方が岡本太郎っぽくて好き・・・」という声も聞かれました。
初登場の「動く歩道」が大人気!
様々な未来を感じさせた大阪万博のひとつの象徴が、初登場した「動く歩道(ムービングウォーク)」。住友館から会場中央部まで、ゆっくりと乗客を運びました。当時の子どもたちに人気すぎて、逆走キッズが大量発生。子供が考えることはいつの時代も同じ、目に浮かびますね。
オーストラリア館の「カンガルー肉の缶詰」
記念すべき日本初の万博で、いきなり度肝を抜いた海外フードがコレ。オーストラリアのシンボルで愛くるしい存在のカンガルーが、まさかの缶詰販売。お味はというと、「牛肉よりワイルド、ラムよりクセ強」との記録が。
ちなみにカンガルーの缶詰は現在も、オーストラリアのお土産屋さんで買うことができます。
缶コーヒーが大阪万博をきっかけに普及
UCC上島珈琲が1969年に世界初の缶入りコーヒー飲料を発売し、1970年万博で大人気となったことで缶コーヒー文化が定着しました。缶コーヒーを発明したのが日本だったとは、嬉しい驚き!
テーマソングは三波春夫さん『世界の国からこんにちは』
「お客様は神様です」で有名な三波春夫氏が、和装で歌うこの楽曲。歴代テーマソングの中で唯一、万人が口ずさめた万博ソングかもしれません。開会式で三波春夫さんが歌った後、世界各国の要人が「こんにちは〜」と口ずさみながらパビリオンへ向かったという逸話も。ある意味、日本初のグローバルソングですね。
先日、ダウンタウン浜田雅功さんが復活のごぶフェスのオープニングで歌いながら登場して話題になりました。今回の『大阪・関西万博』のテーマソング、コブクロの『この地球の続きを』の歌詞も「こんにちは~」が印象に残り、リスペクトを感じます。
今も跡地は『万博記念公園』として市民の憩い
万博閉幕後、会場跡地は『万博記念公園』として整備され現在に至ります。パビリオンはほぼ全て撤去されましたが、『太陽の塔』は耐震補強の上で保存され、内部も改修されて一般公開されています。
今回の大阪・関西万博で、間違えてこちらを訪れてしまった方がいたらしく、注意喚起されていましたね。
大阪在住の私も、自分が子供の頃も、父親になってからも、何度も遊びに行っています。とても広くて気持ちの良い公園で、最近は『エキスポシティ』として公園だけでなくショッピングモールや水族館など色々な施設ができており、1日楽しめます。
1975年 沖縄海洋博(初の海洋をテーマとした特別博)
海上に浮かぶ未来都市『アクアポリス』
沖縄返還後初の、大規模国際イベント。会場内には未来の海上都市を目指して建造された、本当に浮いている建物『アクアポリス』が登場!なんと広島で造船され、他の船で引っ張って航行されて沖縄へ。
『アクアポリス』は博覧会閉幕後も沖縄海洋博記念公園内の海上に残され、観光施設として公開されましたが、次第に入場者が減り、1993年に閉鎖。最終的には2000年10月に解体のため上海まで曳航され、スクラップ処分となりました。万博当時、期待倒れという報道もあったようですが、一度行ってみたかった・・・。
沖縄の復帰記念事業としてインフラ整備に寄与
博覧会の開催準備を通じて、沖縄本島北部に道路や交通網が整備され、おおいに沖縄のインフラ整備に貢献したとのこと。一方で「環境汚染が懸念された」という指摘もあり、博覧会の経済効果と環境負荷の両面が伝えられています。プラスの面と、マイナスの面。どの万博だって、そしてオリンピックなど他の大きなイベントだって、その両方がありますよね。どちらかしか見ない、結論ありきの議論は私は好きでないです。
来場者を困惑させた珍メニュー「イカスミアイス」
一見バニラ風、スプーンを入れると・・・ど真っ黒。見た目のインパクトと、意外とクリーミーな味わいで話題に。でも油断すると歯も舌も漆黒、笑うとホラー映画に。各所で笑いが起こっていたそうです。
マクドナルド日本最南端進出のきっかけに
この海洋博のために、沖縄には様々な全国チェーン企業が一気に上陸。たとえばマクドナルドもありました。当時の沖縄県民の間では「ビッグマックってなに?」状態で、話題に。結果、海洋博終了後も根付き、マクドナルドもですが、沖縄と本島の共通文化がこの海洋博で一気に増えました。
今は『沖縄美ら海水族館』が建ち、沖縄を代表する観光地
会場跡は国営沖縄記念公園(海洋博公園)となり、熱帯ドリームセンターや海洋文化館など一部施設が継承されました。2002年には同地に『沖縄美ら海水族館』が開館し、現在は沖縄有数の観光地。以前、知らずに訪れましたが、あれは万博の跡地だったのですね。
1985年 つくば科学万博(科学技術分野のテーマ博として当時世界最大)
ロボットが大活躍!
つくば万博は「ロボット」が初めて本格的に大活躍した博覧会でした。各パビリオンで多様なロボットの実演が行われました。当時はまだルンバもPepperも存在しない時代。かなりのインパクトだったようです。
富士通パビリオンでは、ヒューマノイド型ロボットが「いらっしゃいませ」と来場者にあいさつ。日立館ではゴム人工筋肉を持つ人間型ロボットが登場したり、産業用ロボットが氷の彫刻を実演する「ロボット・アートシアター」も人気を博しました。音楽に合わせてダンスするロボットや、ルービックキューブを解く思考型ロボットも。NECのブースでは自動演奏ロボットがドラムを叩き、館内清掃まで担うお掃除ロボットも登場。
「自動ドアの音声案内」や「大型ビジョン」も初登場
「このドアは自動で開きます。お気をつけください。」今では聞き慣れたこのセリフ、つくば万博のパビリオンで初めて採用されたもの。「ドアがしゃべった!?」とザワつき、思わず「ありがとうございました」などと返事したり、お辞儀する人がいたり。
さらには今では当たり前の大型ビジョン(大型屋外スクリーン)も、『ジャンボトロン(提供:ソニー)』として初登場。タテ25m、ヨコ40メートルのサイズは当時世界一。広い芝生の上で遠く離れたところからでもテレビを観れる体験に来場者は感動しました。
当時世界最大の観覧車
こちらも当時世界一、「EXPO'85」にちなんで地上85mの大観覧車『テクノコスモス』が大人気でした。ゴンドラが展望スナックになっていて、食事を楽しめました。なお、現在の日本一の大観覧車は、大阪万博(1970)跡地のエキスポシティにできた『OSAKA WHEEL(オオサカホイール)』123mです。ゾンビが出たり冬場にはこたつも出る、一周18分もする楽しい観覧車です。大阪観光の際はぜひ。
未来のお菓子「宇宙食クッキー&ドリンク」
NASAが開発した宇宙食を展示するだけでなく、実食できるブースがありました。凍結乾燥されたクッキーはカッチカチ、「食べて10秒後に味が来る」不思議な食感。ドリンクも粉末+水で自己調合。当時の子どもたちは「理科の実験かと思った」とコメントしていました。
1990年 花博(国際花と緑の博覧会)
ジェットコースター『風神雷神』が走る庭園博覧会
「国際花と緑の博覧会」と聞くと、ゆるふわ植物系イベントを想像します。実際、各国の庭園やバラのトンネルなど、癒し系コンテンツが多い中・・・。異彩を放っていたのが人気アトラクション『風神雷神ジェットコースター』。立ち乗り式ジェットコースターで、当時としてはかなり画期的でした。癒しと絶叫が同居していた万博。当時中学生の私はびびって乗りませんでした。
実は「蚊」との全面戦争だった!
自然と緑の祭典にいた、最大の敵・・・それは、蚊でした。当時、世界各国の土や植物を大量に持ち込んだことで、会場内に一部外来種の蚊が発生。主催者は深夜の会場を何度もくまなく消毒し、ボランティアには「虫よけスプレー常備」が義務づけられました。緑と人の共生は、虫との共生でもあった。そんなに蚊が多かった記憶はないのですが、関係者のみなさんの努力のたまものだったのかもしれません。
花が見た目や香りを刺激する名物グルメ
ローズやラベンダー、マリーゴールドの花びらが浮かぶ見た目は超おしゃれ。飲むと「ん?お湯?」という薄味でしたが、インスタ無き当時、「写ルンです映え」としてはかなりのレベル。花の香りとともに、記憶に咲きました。
一方、ラベンダーカレーは香りが強すぎて「食べてるのか嗅いでるのかわからない」と頭と鼻と舌が大混乱。
今も残る『鶴見緑地公園』
そんな花博の跡地は『鶴見緑地公園』として大阪市民の憩いの場となり、「昔ここでラクダが歩いてた」とか懐かしむ地元民も。目玉の一つだった大温室は、鶴見緑地公園の『咲くやこの花館』として人気継続中です。
2005年 愛・地球博(日本2度目の登録博)
目玉だった「冷凍マンモス」
ロシアの永久凍土から発掘されたマンモス(ユカギルマンモス)の冷凍標本がグローバルハウスに展示され、長蛇の列ができました。私も並びました~!ただ、冷凍マンモスを見に来た子どもたちが「怖い!」と泣き出していたのを覚えています。氷の中から見つめ返してくる氷漬けマンモスは、本当にインパクト抜群でした。
公式マスコット「モリゾーとキッコロ」
今回の大阪・関西万博のミャクミャクも「気持ち悪い」と当初言われてましたが、彼らもそうでした。「なんかふわっとしてて見た目が地味」「どこ見てるんかわからん」などという理不尽な理由で当初不評だった「モリゾーとキッコロ」。
しかし、開催すると「逆に目立たないのがエコっぽい」とこれまた謎の理屈でてのひら返しの人気に。今や名古屋みやげに欠かせないキャラになってますよね。
ちなみに設定は、愛知県の森の精。モリゾーは縄文時代から生きている物知りおじいちゃん、キッコロは好奇心旺盛なあかちゃんです。
『サツキとメイの家』はジブリパークより万博が先!
会場内に再現された『となりのトトロ』の『サツキとメイの家』は、実は博覧会協会と地元建築事務所が主体となり建設、スタジオジブリの関与は設計監修のみでした。宮崎駿監督は設計アドバイザーとして関わったものの、実際の施工・運営は地元建築事務所が担当。
驚くべきはその忠実度。窓枠のひび割れや壁のしみ、釘のサビ具合まで完全再現。あまりにリアルすぎて、ジブリをろくに観てない友達は「掃除しないまま公開したんちゃうん?」と勘違いなコメントをしていました。
万博終了後、会場跡地の「愛・地球博記念公園(通称モリコロパーク)」に置かれ、現在は2022年に同公園内に開園したジブリパークで多くの人を引き続き楽しませています。
愛・地球博 万博缶バッジコレクション(全121カ国)
愛・地球博では、各国パビリオンごとに限定缶バッジが配布されていました。交換・トレード・涙の入手失敗など、リアル「万博版ポケモン」状態に。コンプリートには体力、交渉力、人脈すべてが必要な社交系グッズの金字塔。私もトライしましたが、到底集めきれず。WEBの掲示板で、「コンプしようとして地球1周分歩いた笑」という書き込みもありました。
昆虫食やSDGsのハシリと、万博史上最高のグルメ
来場者の度肝を抜いたのが、昆虫食ブームの先駆けとなった「タガメサイダー」や「コオロギせんべい」。「タガメサイダー」は、タガメから抽出したエッセンス入り。私も飲んでみましたが、意外にライチっぽいさわやかな喉越しでした。
一方、来場者の口コミ人気No.1は「台湾館のルーローハン」。「万博史上最もリピーターが出たごはん」と呼ばれるほどの評判でした。
さらには「食べられるお皿」や「溶けるスプーン」が実験的に登場。若干早すぎたSDGsでした。
まとめ
今回の備忘録
万博を振り返ると、技術や社会、そして「人間の興味」の変遷が見えてくるように感じます。月の石に感動し、海上都市に夢を見て、ロボットに驚き、自然の偉大さを再び愛した、たくさんの人の記憶。そして、常にその時代におけるこれからの未来を垣間見ることができるのが、万博だと思います。
私も3度の万博を経験しましたが、今回の大阪・関西万博も行ってみる予定です。どんなことに心を動かされ、どんな未来を味わえるのか、楽しみです!