この備忘録を共有したいのは
- 最近、何かしらの挫折を経験した人
- これからもなにかと挫折するであろう、未来の自分
この備忘録を読んでわかること
- 挫折を乗り越えるために、最初にやるべきこと
- つらい感情を整理する方法
- ネガティブ思考をほぐす考え方
- 挫折を人生の糧に変える視点
- 日常の中で少しずつ立ち直るための実践法
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<目次>
- はじめに
- 挫折を乗り越えるには、まず「無理に前向きにならない」こと
- 挫折を越える方法① 自分にやさしくする
- 挫折を越える方法② 自分を許し、一旦忘れる
- 挫折を越える方法③ 感情をラベリングし、思考に気づく
- 挫折を越える方法④ 思い通りにならない現実を受け入れ、変えられないものを手放す
- 挫折を越える方法⑤ 足るを知り、足らぬを知る
- 挫折を越える方法⑥ 良い自己肯定感を育てる
- 挫折を越える方法⑦ ギバーでいながら、挫折を肯定する
- 挫折を肯定する
- 挫折を乗り越えた先で、しあわせになる
- まとめ
- 挫折や失望と向き合う参考リンク
はじめに
最近、仕事や人間関係、受験、恋愛などで大きな挫折を経験し、「もう立ち直れないかもしれない」と感じている方もいるのではないでしょうか。
私自身、先日仕事で大きな挫折を味わいました。数か月かけて温め続け、社内外に味方を増やしてきた提案が、経営会議で否定されたのです。
それからしばらく、目標を見失ったような気持ちになり、仕事へのやる気も失い、「なぜなんだ」という思いから、私にしては本当に珍しく、会社を辞めようかとまで考えました。
「挫折」を辞書で引くと、
「仕事や計画などが、中途で失敗しだめになること。また、そのために意欲・気力をなくすこと」
「続けてきた物事が最後までいくことなく駄目になること」
などとあります。
まさに私は、その意味どおりの挫折を味わったのだと思います。
ただ、振り返ればこれまでにも、私は大小さまざまな挫折を経験してきました。受験の失敗、失恋、パワハラ、父の早すぎる死。そのたびに絶望しながらも、なんとか乗り越えて今に至っています。
そこで今回は、挫折を乗り越える方法について、自分自身の実体験をもとに整理してみようと思いました。今まさに苦しい方にも、これからまた何かに挫折するであろう未来の自分にも、役立つ備忘録として残しておきたいと思います。
この記事では、挫折したときの立ち直り方、失望や絶望から抜け出すための考え方、そして私がたどり着いた独自の思考法【さとり思考】についてまとめます。何かひとつでも、参考になるものがあればうれしいです。
挫折を乗り越えるには、まず「無理に前向きにならない」こと
挫折した直後は、どうしても「早く立ち直らなければ」「前向きにならなければ」と焦ってしまいます。ですが、今になって思うのは、挫折を乗り越える方法の第一歩は、無理に前向きになろうとしないことだということです。
心が大きく傷ついているとき、人は正論では立ち上がれません。必要なのは、気合いや根性ではなく、順番です。
今回の備忘録では、まず自分をいたわるところから始め、感情を見つめ、思考をほぐし、最後に挫折を肯定していく流れで書いていきます。
挫折を越える方法① 自分にやさしくする
挫折を経験して、まず最初にやること。それは、自分にやさしくすることです。いわゆる「セルフコンパッション」です(コンパッション:慈悲、深い同情)。
矢が身体に刺さって血が流れたら、まずは矢を抜いて治療しますよね。誰が撃ったのか、自分の立ち位置に問題はなかったのか、そんなことを検討するのは後です。まずは痛みを鎮めるはずです。
心も同じだと思います。心に矢が刺さって傷ついているのに、すぐに反省や分析や再起を始めるのは、順番が違う。まずは傷ついた自分をいたわるべきです。
また、挫折して落ち込んでいる家族や友人、同僚に対して、自分ならどう接するかを想像してみてください。きっと責めるより先に、やさしく接するのではないでしょうか。ならば、自分にも同じように接するべきです。
とにかくまずは、体をいたわりましょう。眠れなくてもベッドで横になる。食欲がなくても、何か少し口にする。まずは身体の安全を確保することです。
少し落ち着いてきたら、次は心をいたわる番です。好きな食事を食べる。お気に入りの本を読む。好きな音楽を聴く。湯船に浸かる。買い物をする。自分の好きなことで、自分の心を少しずつほぐしていく。
挫折を乗り越えるには、まず「戦う」ことではなく、「休ませる」ことが大事なのだと思います。
挫折を越える方法② 自分を許し、一旦忘れる
自分を許す
自分にやさしくできない、自分をいたわる気になれない。そういうときは、もしかすると、まだ自分自身を許していないのかもしれません。
自分で自分を責め続けていても、何も生まれません。そうしている間にも時間は過ぎ、日々は流れていきます。そして、長くクヨクヨウジウジしていると、その間にさらに別のミスを招くことすらあります。
子どもの頃のように、誰かが気づいて、いつも慰めてくれるわけではありません。大人になって、それでも悩み続ける私たちを最終的に励まし、癒やし、立ち上がらせるのは、自分自身しかいないのです。
- 過去の自分を許す。
- 自分自身と仲直りする。
- 今の自分と握手する。
この感覚が、挫折から立ち直るための土台になるのだと思います。
一旦、忘れる
とはいえ、挫折や絶望の対象が目の前にある状態で、自分を許したり、急に自分にやさしくしたりするのは、案外とても難しいものです。どうしても、そのことばかり考えてしまう。
せっかく時間が少しずつ忘れさせようとしてくれているのに、自分でその傷を何度もなぞってしまう。自分の中で反すうし続け、挫折の対象をぎゅっと握りしめて離さない。そういう状態になりがちです。
しかも、思考は似た思考を引き寄せます。心配事を考えれば考えるほど、心配はふくらみ、深刻さを増していきます。
だからこそ、挫折や絶望の中にいるときは、「忘れる」ということを意識してやらなければいけないのだと思います。
不安、嫉妬、絶望、モヤモヤ、クヨクヨ、ウジウジ、イライラ。そうした負の感情を、道端に置く、穴を掘って埋める、遠い海に投げる。そんなイメージで、一旦そこから離れる努力をする。
私自身、自分を負の感情でいたぶり続ける自分に気づいたときは、「逃げろー!!!」と口にして、そのネガティブな自分から離れるスイッチにしています。これは逃避ではなく、戦略です。
挫折を乗り越えるためには、真正面から向き合うことだけが正解ではありません。一度離れることも、大切な立ち直り方だと思っています。
挫折を越える方法③ 感情をラベリングし、思考に気づく
感情を整理する方法|感情のラベリングをする
体が少し休まり、心の傷も少し落ち着いてきたら、ようやくその段階で、自分の内側に渦巻いている感情を言葉にしてみます。これが、いわゆる感情のラベリングです。
たとえば、
- 「何故あんなことをしてしまったのか。私は今、とても後悔している」
- 「あんなことが起こるなんて、悲しくてたまらない」
- 「気もそぞろで、何も手につかない」
こんなふうに、自分の感情をあえて言葉にして、できれば口にも出してみるのです。
すると、不思議と少しだけ気持ちが軽くなることがあります。
得体の知れないネガティブな感情も、言語化して客観的に認識すると、少し輪郭が見えてきます。そして、見えない怪物のようだったものが、少しだけ扱えるものに変わっていく。
大切なのは、その感情を否定しないことです。
「こんなふうに感じるなんてダメだ」と裁かない。
ただ、「自分は今こう感じているんだな」と、そっと認めるだけです。
本格的な挫折からの脱出は、まずここから始まるのだと思います。
挫折の原因であるネガティブ思考に気づく
次にやるのは、ラベリングした感情が、どんな思考から生まれているのかを見つめることです。
感情の奥には、たいてい思考があります。たとえば悲しみの奥には「失った」という思考があり、怒りの奥には「軽んじられた」という思考があり、絶望の奥には「もう終わりだ」という思考があったりする。
ここでも大事なのは否定しないことです。
なぜ自分がそんなふうに感じているのか、自分自身と対話しながら、静かに見つめてみます。
たとえば、こんな思考が隠れているかもしれません。
- もうこんなチャンスには二度と巡り逢えない
- これまでやってきたことが、すべて無駄になった
- やるべきことを、自分はやらなかった
- 取り返しのつかないことをしてしまった
- なぜ自分がこんなに評価されないのか
- 自分ほど不幸な人間はいない
- 自分は価値のない人間だ
- 自分のことが本当に嫌いだ
ここまで見えてくると、ようやく次の段階に進めます。
感情に飲み込まれるのではなく、その感情を生み出している思考を、少しずつほぐしていく段階です。
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挫折を越える方法④ 思い通りにならない現実を受け入れ、変えられないものを手放す
【さとり思考】とは? 挫折を乗り越えるための思考フレーム
私は、挫折や失敗、絶望のたびに、自分のネガティブ思考をほぐす考え方を少しずつ身につけてきました。どれも、本を読んで知っただけのものではありません。自分自身が底を味わったからこそ、腹落ちした考え方です。
私はこれを、自分の中で勝手に【さとり思考】と呼んでいます。
少し大げさに聞こえるかもしれませんが、何かをあきらめて冷めた、という意味ではありません。むしろ逆で、苦しみの構造を理解して、必要以上に自分を痛めつけないための思考です。
ここからは、私が挫折を乗り越えるときに役立ってきた【さとり思考】を紹介します。
そもそも人生はつらいことがあって当然と割り切る
この考え方が、私の中ではベースです。
お釈迦様の教えの中に、人生には苦しみがあるという話があります。老い、病、死。愛する人との別れ。嫌な人との出会い。求めるものが手に入らないこと。人の心が思い通りにならないこと。そうしたものは、昔も今も変わらず、人間の苦しみの本質なのだと思います。
つまり、この世はそもそも思い通りにならない世界なのです。
この前提を受け入れているかどうかで、挫折のダメージはかなり変わります。
もちろん、つらいことはつらいです。ショックなものはショックです。でも、「こんなことが起こるなんて最悪だ」「なぜ自分だけが」と考えるより、「人生にはこういうことも起こる」と思えたほうが、少しだけ飲み込まれにくくなります。
すべてがうまくいくはずだ、正しく頑張れば報われるはずだ、と思い込みすぎると、現実との落差が挫折をより深くします。
だから私は、基本的にこの世は思い通りにならない、と考えるようにしています。
広い意味では、すべて想定の範囲内。裏目に出た、なんてツイてない、アンラッキーなんだと絶望するのではなく、それは事前の想定が甘かっただけなのです。
そう思えるだけで、心の受け止め方が少し変わるのです。
芥川龍之介(作家)「どうせ生きているからには、苦しいのはあたり前だと思え」
変えられないものごとは諦める
思い通りにならない世界の中でも、特にどうやっても変えられないものがあると思っています。私が特にそう感じるのは、「過去」と「他者」です。
過去は生ごみ
過ぎ去った出来事を、いつまでも心の中に置いておくと、どんどん腐っていく。私はそれを、自分の中で「過去は生ごみ!」と呼んでいます。
ショックな出来事が起きた直後に反応してしまうのは仕方がありません。でも、それを何日も何週間も抱え込み、温め続けるのは、生ごみを家の中に置き続けるようなものです。放っておけば放っておくほど、においがきつくなる。
だから私は、過去に引き戻されそうになったとき、「過去は生ごみ!」と口にして、気持ちを切り替えるようにしています。
他者は変えられない
もうひとつ、変えられないのが他者です。
他人はもちろん、親も、配偶者も、子どもも、自分とは別人格です。自分の思う通りにならなくて当然。家族だからわかってくれて当然、こちらの誠意は伝わって当然、そんなふうに期待しすぎると、挫折や失望の種になります。
挫折の原因が他者にあるときこそ、「変えられないものに固執しない」ことが必要なのだと思います。
挫折を越える方法⑤ 足るを知り、足らぬを知る
足るを知る
挫折したとき、人は「失ったもの」にばかり目が向きがちです。失った評価、失ったチャンス、失った関係、失った未来。ですが、本当にすべてを失ったのでしょうか。
そういうときこそ、「足るを知る」ことが大切です。
歩ける。話せる。食べられる。帰る家がある。支えてくれる人がいる。仕事がある。自由に使える時間が少しでもある。悩めるということ自体、ある程度守られた前提があるからこそかもしれません。
もちろん、無理に「恵まれているんだから文句を言うな」と自分を押さえつける必要はありません。そうではなく、失ったものだけで自分の人生を評価しない、ということです。
どれだけ多くを持っていても、足るを知らなければ幸せにはなれません。逆に、今あるものに目を向けられるだけで、人生は少しだけやわらかくなります。
挫折から立ち直るとき、心を支えてくれるのは、案外こういう小さな確認なのだと思います。
ヘレンケラー(社会福祉活動家/教育家)「顔を太陽の方に向けていなさい。そうすれば影が見えないから」
足らぬを知る
「足るを知る」とセットで大事なのが、「足らぬを知る」ことです。
自分が置かれた環境については足るを知る。
一方で、自分自身の能力や未熟さについては、足らぬを知る。
これが、挫折から学びを得るうえで大切だと感じています。
人間には承認欲求があります。認められたい、自分は正しいと思いたい、もっと評価されて当然だと思いたい。これは自然な欲求です。
でも、その思いが強くなりすぎると、挫折の火種になります。なぜなら、他人の評価は自分ではコントロールできないからです。
他者からの承認に自分の価値を預けすぎると、評価されなかった瞬間に、自分の全体まで否定されたように感じてしまう。
だからこそ、外部から与えられたプライドや自己肯定感は、少し手放したほうが楽になることがあります。身軽になって自分を見つめれば、「ああ、自分はまだまだ足りないな」と自然に思える瞬間がくる。
その「足らなさ」に気づけたとき、挫折は単なる打撃ではなく、成長の入口に変わるのだと思います。
明石家さんま(芸人)「落ち込むのは自分のこと過大評価しすぎやろ。自分はできると思い込んで、ダメになったらショック受けるんでしょう?できないと思い込んでいれば大丈夫」
嫉妬という感情を飼い慣らす
足らぬを知るうえで、やっかいなのが嫉妬です。
嫉妬は、人間なら誰でも抱く感情です。だから、感じること自体は仕方ない。でも、そこに飲み込まれてしまうと苦しい。
嫉妬し続けても現実は変わりません。
ならば、「相手が羨ましい」「なぜ自分ではないのか」という感情を、早めに「じゃあ自分は何を磨くべきか」に変えていく。
嫉妬を向上心に変えられるかどうか。そこに、立ち直りの分かれ道がある気がします。
挫折を越える方法⑥ 良い自己肯定感を育てる
良い自己肯定感を持つ
ここで言う自己肯定感は、「自分はすごい」と思い込むことではありません。
また、外部から認められて得る自己肯定感でもありません。
私が大切だと思うのは、自分自身で自分を認める、適切で静かな自己肯定感です。
足らぬを知ることと、自己否定は別物です。
未熟さを自覚することと、自分には価値がないと思い込むことは違います。
適切な自己肯定感を持つことは、食事をする、眠る、呼吸をするなどと同様に、日々生きていくために当たり前に必要なことなのです。持てないと嘆くのでなく、生きるために、意識して持たねばならないのです。
挫折したときに私が持とうとする自己肯定感は、たとえばこんなものです。
「こんな厳しくつらい状況でも、私は腐らずに前を向こうとしている」
この感覚は、派手ではないけれど、とても強い。
そして、こういう自己肯定感こそ、生きていくために必要なのだと思います。
良い自己肯定感を育てる小さな方法
昔、菅野美穂さん主演の『イグアナの娘』というドラマがありました。鏡を見るたびに、イグアナの姿の自分が映り、セルフイメージを下げてしまうという話です。これを見たとき、私はふと思ったのです。
「じゃあ逆に、鏡を見るたびに最高の笑顔の自分が映っていれば、セルフイメージは上がるんじゃないか?」と。
そんな思いつきから始めてみたのが、まずはポジティブなセルフトーク(ひとりごと)です。
1日の間に、心の中で自分に対してセルフトークしている回数は、なんと約5万回とも言われています。そのセルフトークがネガティブな内容ばかりだと、心が前を向けるはずもなく、どんどん沈んでいきます。だからこそ、少し意識して、ポジティブな言葉を自分にかけることを口ぐせにする。
たとえば寝る前に、
「今日もいい一日だったなぁ」
「ありがたいことだなぁ」
「助かったなぁ」
とつぶやいてみる。
朝起きたときも、
「ああ、よく寝た」
「今日もいい日だ」
と声に出してみる。
大げさな自己暗示ではなく、自分の言葉で自分の機嫌を少しだけ整える感じです。
もうひとつ、意外と効くのが、鏡を見たら微笑むことです。無理にでも笑顔をつくって、映る自分を見る。オンライン会議の画面に映る自分でもいい。最初は白々しくても、続けていると、不思議と気持ちが少しずつほぐれてきます。
挫折から立ち直るには、大きな変化よりも、こういう小さな習慣のほうが効くことがあります。
挫折を越える方法⑦ ギバーでいながら、挫折を肯定する
テイカーでなくギバーでいる
世の中には、何かを相手に与えようとする「ギバー」と、何かを相手からもらおうとする「テイカー」がいる、とよく言われます。
挫折したとき、心を守ってくれるのは、ギバーのマインドだと思っています。
たとえば私の仕事でも、良かれと思ってやった施策が、一部の人から非難されたり、責められたりすることがあります。そんなとき、人は傷つきます。
でも、なぜそこまで傷つくのかと自分に問いかけると、奥には「みんなに好かれたい」「認められたい」という気持ちがあることに気づきます。
つまり、自分は与えようとしていたつもりで、どこかで「好意」や「評価」を受け取ろうとしていたのです。
そう気づいたとき、はっとしました。
「みんなに好かれたい」は、かなりテイカー的な発想だな、と。
もちろん人間だから、好かれたいと思うのは自然です。でも、もし本当に誰かや何かのために良いと思ってやっているのなら、評価や好意が返ってこなくても、それでよいはずです。
そう思えるようになると、気持ちが少し楽になります。
ギバーのマインドは、自分をすり減らすためのものではなく、むしろ自分の心を守るための考え方でもあるのだと思います。
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挫折を肯定する
ここまできて、ネガティブ思考が少しずつほぐれてきたら、最後の一押しがあります。
それが、挫折そのものを肯定することです。
もちろん、つらかった出来事自体を「よかった」と無理に言う必要はありません。失ったものは失ったものとして、悲しいことは悲しいままでいい。
ただ、その経験が自分に何をもたらしたかという意味では、肯定できる場合があります。
- 辛い体験をしたことで、人の痛みが少しわかるようになった。
- 悲しい思いをしたことで、今あるものの尊さに気づけた。
- 傷ついたからこそ、前より少し強くなれた。
挫折は、人生の中では決して歓迎したい出来事ではありません。でも、あとから振り返ったときに、それが人格の深みや、他者へのやさしさや、判断の厚みにつながっていることがある。
そう考えると、挫折はただの失敗ではなく、人生という物語の見せ場なのかもしれません。
予定調和の物語があまり面白くないように、人の人生もまた、ただ順風満帆なだけでは深みが出ない。暗闇を知ったからこそ見える光がある。
私はそう信じて、海援隊の名曲『贈る言葉』の有名なフレーズ「人は悲しみが 多いほど 人には優しく できるのだから」を口ずさみ、前を向くことにしています。
挫折を乗り越えた先で、しあわせになる
絶望の最中にいるときは、目の前の挫折を乗り越えるだけで精一杯です。ですが、せっかく乗り越えるのなら、その先ではぜひ、しあわせになってほしいと思います。未来の自分にも、この記事を読んでくださっている誰かにも。
私は最近、強く思います。しあわせって、他の誰かに決められるものじゃないと。
つまり、あなたが、私が、今「しあわせ」ってつぶやいたら。その瞬間、あなたも私も、今、しあわせだって決定するのです。
ご飯が美味しかった。空が綺麗だった。推しを見られた。お風呂が気持ちよかった。この1週間で私が「しあわせだなぁ」とつぶやいたものです。
「成功」は数値がセットなことが多いけど、「しあわせ」はこれらのように、数値じゃない。しあわせに数値目標は設定しない方がいいです。比較も評価も、いらない。
つまり、世界で一番簡単にしあわせになる方法、それは自分で「しあわせだなぁ」ってつぶやくことなのです。加山雄三さんのように。情感込めるとなおよし。私は齢50手前にしてこのことを最近発見して、ちょっと興奮しました。
もちろん、私だって毎日そんなふうに上手にできるわけではありません。つい「最悪だ」と口にしてしまう日もあります。でも、それでも意識して「しあわせだなぁ」とつぶやく瞬間を増やしていくことで、人生は少しずつ、そちらの方向へ進んでいく気がしています。
リンカーン(第16代アメリカ合衆国大統領)「たいていの人々は、自分で決心した程度だけ幸福になれる」
まとめ
今回の備忘録
挫折や失望は、できれば経験したくないものです。ですが、どれだけ避けようとしても、人生の中で避けきれないものでもあります。
そんなときに大切なのは、無理に前向きになることではありません。まずは自分にやさしくし、休み、感情を認め、思考を見つめ、少しずつ心を整えていくことです。
今回ご紹介した挫折を乗り越える方法を、最後にまとめると、次の7つです。
挫折を乗り越える方法は、少しずつ心を整えること
- 自分にやさしくする
- 自分を許し、一旦忘れる
- 感情をラベリングし、思考に気づく
- 思い通りにならない現実を受け入れ、変えられないものを手放す
- 足るを知り、足らぬを知る
- 良い自己肯定感を育てる
- ギバーでいながら、挫折を肯定する
そして、その土台として私が大切だと感じているのが、「人生は思い通りにならない」「足るを知る」「足らぬを知る」「ギバーでいる」といった、いわば【さとり思考】です。
挫折は決して無駄ではありません。あとから振り返ったときに、自分を支える糧や深みになってくれることがあります。
今まさに苦しい最中にいる方も、どうか焦らず、一歩ずつで大丈夫。
重要なのは、挫折しないことではなく、挫折を乗り越える方法を知っていることです。
この記事を書き上げた今、私は完全に挫折から脱して、仕事に邁進しています。時にしあわせだなぁとつぶやきながら。
この備忘録が、どこかの誰かの、そして未来の自分の、小さな支えになれば嬉しいです。
挫折や失望と向き合う参考リンク
何か刺激となるできごとが起こった際に、挫折と捉えて絶望するという反応を選ぶのか、学びと捉えて前を向く反応を選ぶのか。「刺激と反応の間には、選択の自由がある」。こちらの記事も、ご興味があればぜひ読んでみてください。
