この備忘録を共有したいのは
- 問題が起きると、すぐ対策を考えてしまう人
- 頑張っているのに、どこか空回りしていると感じる人
- 仕事や家庭で使える問題解決の考え方を身につけたい人
この備忘録を読んでわかること
- 【問題】→【真因】→【課題】→【対策】で考える大切さ
- 真因を見誤ると、努力が空回りしやすい理由
- 日常のモヤモヤを「自分主語の課題」に変える視点
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<目次>
- はじめに
- 問題解決で大事なのは、いきなり対策を考えないこと
- 問題からいきなり対策に飛ぶと、努力が見当違いになる
- 「間違った答え」より「間違った問い」の方が怖い
- そもそも、それは本当に解決すべき問題なのか?
- ここからは、もっとカジュアルな「問題」の話
- 小さな問題は「自分主語の課題」に変える
- 問題を指摘するだけでなく、改善に向けて動けるか
- 「他人主語の問題意識」を「自分主語の課題意識」へ
- まとめ
- 問題解決の考え方の参考リンク
はじめに
がむしゃらに問題に取り組んでいるのに、なぜか空回りしている。
そんな感覚に襲われたことはないでしょうか。
一生懸命やっているのに、なぜか良い結果につながらない。
仕事でも家庭でも、そういうことは意外とよくあります。
そんなとき、私が常々意識していることがあります。
それは、いきなり対策を考えないことです。
私の中では、物事をいつも次の順番で整理しています。
【問題】→【真因】→【課題】→【対策】
(も・し・か・た)
ちょっとした“おまじない”のように、この順番を頭の中で唱える。
それだけでも、思考の精度はかなり変わるように感じています。
この記事では、問題解決において、なぜ「すぐ対策に飛びつかないこと」が大切なのか、そして日常の小さなモヤモヤをどう「自分ごとの課題」に変えていくかについて、私なりの考えをまとめてみます。
問題解決で大事なのは、いきなり対策を考えないこと
問題が起きると、私たちはつい反射的に「じゃあ、どうする?」と対策を考えたくなります。
でも、その前に本来やるべきことがあります。
それが、問題の根っこにある原因、つまり【真因】を見つけることです。
さらに、その【真因】を取り除くために何を解消すべきか、つまり【課題】を設定する。
そのうえで初めて、具体的な【対策】を考える。
この順番です。
改めて整理すると、こうなります。
- 【問題】:何が起きているのか
- 【真因】:なぜそれが起きているのか
- 【課題】:その真因を解消するために、何を実現すべきか
- 【対策】:その課題を解決するために、具体的に何をするか

この順番を飛ばしてしまうと、努力はしているのに、ズレた方向に突き進んでしまうことがあります。
そして、その“ズレた努力”ほど、本人にとってつらいものはありません。
例:「製品Aの売上が下がっている」とき、何を考えるべきか
たとえば、
「製品Aの売上が下がってきている」
これは【問題】です。
でも、この時点ではまだ「何が起きているか」を表しているだけで、根っこの原因まではわかっていません。
売上が下がっている理由としては、さまざまな可能性があります。
- 新規顧客が獲得できていない
- 一度買ってくれたお客様がリピートしてくれない
- 店頭で値下げされている
- そもそも扱ってくれているお店が減ってきている
つまり大切なのは、【真因】が何なのかを突き止めることです。
ここでどれだけ多面的に可能性を考えられるかは、とても重要です。
たとえば、【真因】が
「新規顧客が獲得できていないこと」
だとしたら、【課題】は
「いかにして新規顧客を獲得するか」
となります。
そのうえで、初めて【対策】として、
- 広告を改訂する
- 広告量を増やす
- 店頭で目立つ販促物をつける
- お試し品を無料配布する
などといった案が出てきます。
一方で、【真因】が
「一度買ってくれたお客様がリピートしてくれないこと」
だとしたら、【課題】は
「いかにしてお客様のリピート率を高めるか」
になります。
この場合の【対策】としては、
- 商品改良を行う
- 適切なタイミングでダイレクトメールを送る
- リピート購入特典を設ける
などが考えられるでしょう。
同じ「売上が下がっている」という【問題】でも、【真因】が違えば、設定すべき【課題】も、打つべき【対策】もまったく変わってくるわけです。
問題からいきなり対策に飛ぶと、努力が見当違いになる
結局のところ、最初にお伝えしたいのはこれです。
【問題】から【真因】や【課題】を飛ばして、反射的に【対策】を考えないこと。
これをやってしまうと、どれだけがむしゃらに頑張っても、見当違いのアクションになってしまう可能性があります。
その結果、不要な労力をかけたり、遠回りしたりしてしまう。
しかも厄介なのは、頑張っている本人ほど「やっている感」があることです。
だからこそ定期的に、
「今やっていることは、芯を食った対策なのか?(=真因に紐づく課題に対応しているのか?)」
と自分に問い直すことが大切だと思っています。
この考え方は、仕事だけでなく家庭や子育てにも当てはまる
この話は、仕事だけに限りません。
実は、日常のさまざまな場面にもそのまま当てはまります。
たとえば、息子の計算テストの点数が悪かったとき。
ここで、すぐに「計算問題をもっとたくさん解かせよう」となるのは、ある意味わかりやすい【対策】です。
でも、その前に考えるべきは【真因】です。
- 時間が足りなかったのか
- ケアレスミスが多かったのか
- 解き方そのものがわからなかったのか
こうやって見ていくと、原因の見え方はまったく変わります。
ちなみに、うちの子の場合は、筆算の字が汚いことが真因だったりしました笑。
つまり、「計算が苦手」とざっくり捉えてしまうと、対策も雑になります。
でも、「どこでつまずいているのか」を丁寧に見ると、必要な手当ては意外とシンプルだったりするのです。
「間違った答え」より「間違った問い」の方が怖い
「最も重大な過ちは、間違った答えを出すことではなく、間違った問いに答えること」とは、経済学者ドラッカーの言葉です。
また、理論物理学者のアインシュタインも「問題を明確にすることは、その解決策よりも大抵重要である」と述べています。
細かな表現はさておき、どちらも本質は同じだと思います。
つまり、答えを急ぐより先に、問いを正しく立てることが重要だということです。
私自身、これまで仕事で「この人、仕事ができるなぁ」と感じた人たちを思い返すと、共通点があるように思います。
それは、【対策】をすぐに語る人ではなく、まず【真因】を探そうとする人だということです。
そもそも、それは本当に解決すべき問題なのか?
ここで、もうひとつ大切だと思っている視点があります。
それは、
「そもそもそれって、本当に解消しなければいけない問題なのか?」
という問いです。
たとえば、会社の売上が下がっているのは明らかに問題です。
でも、上述の「製品A」の売上が下がっていることは、本当に会社にとって問題なのでしょうか。
落ち目の製品であれば、もしかしたら、新たに人手やお金をかけて対策に動かず、あえて何もせず放置することが正解かもしれません。
製品Aの売上を上げることは、あくまで会社の経営を維持するための手段であり、それ自体を目的にしてはいけません。
手段の目的化は、仕事でも人生でも起こる
よく考えてみると、こうしたことはよくあります。
会社でいえば、新しいシステムを入れることに一生懸命になりすぎて、かえって効率が悪くなっていたり。
「いついつに発売する」ということを重視しすぎて、不完全な状態でリリースしてしまったり。
こういったことを、「手段の目的化」と言います。
そもそも、なぜこれに頑張ろうとしているのか。
そのことを、仕事でもプライベートでも、ときどき立ち止まって思い返したいものです。
お受験や就職、婚活といった人生のイベントにおいても、同じことが言えると思います。
上司の指示にも、まず「背景」を考える
だから、仕事で上司から指示を受けたときは、可能であれば、すぐに取りかかる前に、まずその指示が出された背景について考えてみることをおすすめしたいです。
そうやって背景を理解することで、実行の質が高まりますし、指示されたこと以外にも発想を広げることができ、上司の期待以上の成果を出せるかもしれません。
それはつまり、上述の【真因】を探すということにもつながります。
ここまでは、どちらかといえば「しっかり向き合うべき問題」の話でした。
仕事で成果を出したいときや、何かがうまくいっていない原因を整理したいときには、【問題】→【真因】→【課題】→【対策】(も・し・か・た)の順で考えることがとても大切です。
一方で、毎日の暮らしの中には、そこまで大げさに分析するほどではないけれど、「あ、これちょっと問題だな」と感じることもたくさんあります。
ここからは、そんなもう少し身近でカジュアルな【問題】について書いてみます。
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ここからは、もっとカジュアルな「問題」の話
日々、会社でも家庭でも、普通に暮らしていたら、
「これ、【問題】じゃない?」
と感じることは多々ありますよね。
私は、そういう些細な【問題】に気づいたら、【課題】に変えてみることを心がけるようにしています。
とはいえ、目についた【問題】すべてについて、ここまで書いてきたように毎回深く【真因】探しをしていたら、正直めんどくさいし、嫌になってしまいます。
なので、私が最低限意識しているポイントはひとつだけです。
それは、【課題】は「自分を主語にした疑問形」にすることです。
小さな問題は「自分主語の課題」に変える
たとえば、
「不毛な会議が多すぎる」
という【問題】に気づいたとします。
そのとき、単に「この会社はダメだ」「上司が悪い」と思って終わるのではなく、
- いかにして不毛な会議を減らすか
- いかにして会議を有意義なものにするか
といった形の【課題】にする。
ここで大切なのは、この【課題】の主語を「会社」や「上司」といった自分以外の誰かにするのではなく、「自分」として考えることです。
そうすることで、【問題】が一気に自分ごとになります。
問題を指摘するだけでなく、改善に向けて動けるか
たしかに、【問題】に目ざとく気づき、それを指摘するだけでも有意義ではあります。
でも、会社でも家庭でも、そこに留まる人より、それを改善しようと自ら案を出したり行動したりする人の方が、好感を持たれやすいですし、私自身もそうありたいと思います。
皆さんはいかがでしょうか。
誰もが会社に対する「問題意識」は持っている。
しかし、自分が何をすればいいのかという「課題意識」を持っている人は、意外と少ない。
私は、そんなふうに感じています。
「不毛な会議が多い」なら、自分にできることはある
上述の「不毛な会議が多すぎる」という問題に関しても、社長や上層部でなくても、
- 上司に相談する
- 社内に改善提案の仕組みがあれば出してみる
- 良い会議にするために、議事録係やファシリテーターに立候補する
など、自分でもできることはあるはずです。
大きな改革でなくてもいい。
小さくても、自分ができる一歩を考えることが大切なのだと思います。
家庭の小さなモヤモヤも、同じこと
もっと身近な例でいえば……
- トイレの紙がもうなくなりそう
- 洗面台の排水口の流れが悪い
- 炊飯器に中途半端な量のご飯が残っている
エトセトラ。
こういうことも、「他の家族任せの問題」ではなく、「自分主語の課題」として自分ごと化できているか?という話です。
……と、これは完全に自分にも言い聞かせています笑。
「他人主語の問題意識」を「自分主語の課題意識」へ
結局、私が意識していきたいと思っているのは、ここに尽きます。
『他人主語の問題意識』を、『自分主語の課題意識』に。

問題に気づくことは大事です。
でも、それ以上に大事なのは、その問題を前にしたときに、
「で、自分は何をする?」
と問えるかどうかです。
仕事でも、家庭でも、人生でも。
小さなモヤモヤについては、「他人の問題」として終わらせず、「自分主語の課題」に変えてみる。
私自身、引き続き意識していきたいと思います☺️
まとめ
今回の備忘録
今回の備忘録でお伝えしたかったのは、問題解決で空回りしないためには、起きている現象だけを見て、すぐに対策へ飛びつかないことが大切だということです。
まずは**【問題】を整理し、その根っこにある【真因】を探す。
そして、その真因を解消するための【課題】を定めてから、ようやく【対策】**を考える。
この順番を守るだけで、努力の質は大きく変わります。
また、そもそもその問題は本当に解決すべきものなのか、手段が目的化していないかを問い直す視点も欠かせません。
さらに、日常の些細なモヤモヤについては、「他人主語の問題意識」で終わらせず、**「自分主語の課題意識」**へ変えていくことが、自分自身の行動や周囲との関わり方を変える一歩になります。
【問題】→【真因】→【課題】→【対策】
そして、
『他人主語の問題意識』を『自分主語の課題意識』へ。
この2つを意識するだけでも、仕事にも家庭にも、きっと良い変化が生まれるはずです。
問題解決の考え方の参考リンク
問題解決の考え方について、さらに詳しく知りたい方は、ご興味があればこちらの記事もぜひ読んでみてください。「AsIs」「ToBe」「MVV」「MECE」といった言葉の意味もわかります。
